興福寺西金堂の阿修羅立像は、他にもう7躯セットになって「八部衆」と呼ばれていますが、八部衆の像のうち、阿修羅像以外は武装像です。
八部衆はそもそも、仏法、ひいては仏さまを守護することが目的ですので、鎧を着用し、常に戦えるような装備をする。
しかし、その一方で阿修羅立像だけが鎧を身につけず、上半身は条帛以外、肌を露出させた素っ裸で細い身体の線を晒し、柔らかな衣のみで静止して立つ。
あまつさえ、表情も穏やかなことから、阿修羅立像の表情はしばしば「美少年」と表現されるも、果たして阿修羅は少年なのかどうか。
しかし彼の表情には、穏やかという言葉だけでは済まされない憂いが見て取れるでしょう。
これらは現在、興福寺国宝館で目の当たりにすることができますので、是非に注目していただきたい♡
えぇっ?作られた頃の阿修羅像は『赤色だった』ってぇ?!
お前ら知っとったか?
なんとぉぉぉぅっ!造像された当初の阿修羅像は真っ赤っかの赤色をしていたのだった!!
復元された造立当初の阿修羅像の姿
(復元修羅像の写真(画像)は興福寺のクリアファイルより引用)
この復元された写真を見ると条帛は映えるような緑色、さらにスカート??の裏地も緑色の生地が使用されていることが分かります。
その様はまるでインドの王族そのもの。
現在も阿修羅像に関しての研究は進められており、その過程で造立された当初は赤色をしていたことが明らかにされてい‥申す。ひゃ
ただし、赤色といっても真っ赤ではなく、朱色がかかった鬼肌のような赤色をする。

