阿修羅像の「三面六臂」に秘められた秘密とは?
「六臂」の意味
「六臂」とは、「ろっぴ」と読み、これはローソンの店内に設置されている機械・・ん?あっ!失礼を。オホ。・・こホンっ!
六臂の「臂」は「ひ・ひじ・うで」と読みますので、これに「六」を合わせることで「6本の腕」と解釈されます。
「三面」の意味
説明するまでもありませんが、三面の「面」とは「顔」のことです。すなわち「三面」で「3つの顔」と解釈されます。
通常、阿修羅像は正面から見るケースがほとんどだと思われますが、ちょっと角度を変えて斜めから見て阿修羅像の左右の顔をご覧になってみてください。
3つそれぞれの顔の表情が少し違っていることに気づきます。
なお、阿修羅像の顔が3つある理由は、「修羅界→人間界→天界」へと昇りつめた様子を表現しています。
すなわち、それぞれの世界にいたときの顔が表現されています。
阿修羅像に秘められた「3つの顔」の意味とは?
前阿修羅像にはそれぞれ3つの異なる表情の顔を持っており、これらの顔は「修羅界→人間界→天界」へと昇りつめた様子を表現していると云われますが、他にも「少年期→青年期→成人期」を表現しているとも云われます。
以下では、これら3つの顔それぞれについて、分かりやすく素敵に解説したい。
向かって左側の顔「修羅界にいる時の顔(少年期の顔)」
A:「も、もぅアカン…も、漏れる!ケツ筋もツってきよった…。アナルからヤツ💩が顔覗かせとんねん!限界や!」
修羅界にいるときの顔は、眉間にシワがよって、唇をかみしめている様子がうかがえます。頬も吊り上がりお目目にも怒りがにじみ出ています。
これは自我を抑えきれない、自我のまま生きている様子を表現しています。毎日、修羅界で戦闘を繰り広げているので、「相手をブチのめす!」といった心情がにじみ出ています。
向かって右側の顔「人間界にいる時の顔(青年期の顔)」
A:「今日の晩メシなんにしょうかなぁホンマ。また納豆にネギいれてシュウマイ焼いて食おか…」
向かって右側の顔は人間界にいるときの顔とされています。
上記の修羅界のときよりは若干、顔の表情が穏やかなれど、眉間にはわずかにシワが寄り、目はするどく相手をにらみ散らし、唇も尖らせています。
しかし何かに耐え忍んでいるようにも見えます。
これは「暴れまくりたぃんじゃぃ!オリぃぁぁぁぁぃ!ゴルるるぅラぁぁぁ!!
ホぅ〜、アチョっ!アりゃ!アチョっ!アりゃアチョ〜!
……などといった自我を抑制することができるようになったことを示唆しています。ふぃ〜疲“
正面の顔「天界にいる時の顔(成人期の顔)」
A:「……………。(心の声:ヤバぃ。俺今、絶対に鼻毛1本飛び出しとるわ…。..客ガン見しとるし…バレる前に早よ閉館してくれ!)」
おそらく、あなたも知っている「あの顔」です。
あらゆる阿修羅像の写真では、おおむねこの顔が映し出されています。
正面の顔は天界にいるときの顔とされています。
大きな特徴としては、少し見えづらいですが口髭を生やしています。
さらに遠くを見つめる目線をしています。これらが示していることは「仏になって悟りを得た」ことを表現しています。
えぇっ?!「阿修羅像のお顔と腕はセットになっていた?!」
なんとぉぅ〜〜〜〜!!実はこの阿修羅像の「腕」と「3つのお顔」は、以下で解説するように「セットになって造立されていた」と、すれば驚かれますでしょうか。
修羅界にいる時の手
修羅界にいるときの手は両手を頭上に高く上げて手の平を広げている手です。
今は何も持っていませんが、かつては阿修羅らしい強力な武器を持っていました。その武器は、「日輪(にちりん)」と「月輪(がちりん/げつりん))」と呼ばれ、日輪は左手に持ち、月輪は右手に持っていました。
日輪とは太陽を呼びせて「日食(にっしょく)」を起こさせる武器であり、月輪とは「月蝕(げっしょく)」を引き起せる強力な武器です。阿修羅は太陽神なので、太陽を自在に操ることができるとされます。
人間界にいるときの手
人間界にいる時の手は中段(真ん中)で手首を曲げている両手です。
同様に今は何も持っていませんが、かつては右手に「矢」を持ち、左手に「弓」を持っていたという説もあります。
ただし、この弓矢は相手を射撃するために使用するのではなく、戦闘中に相手を牽制して立場を有利にしたり、自らの身を守るためのものだと言われる。
天界にいる時の手
天界にいる時の阿修羅は仏になって悟りの境地にいます。
すなわち合掌して「印」を組み、自らは悟りの境地にいることを示し、仏法に帰依したことを強く示唆しています。
一説では、天界で得た「輪宝(りんぽう/円形をした古代インド王の武器)」を持っていたとされる説もあるようです。
何も持たない6本の手
最後に阿修羅の6本の手に注目してみましょう。
6本ある手のうち、中央の2本は合掌していますが、残りの4本は何も持っていません。
阿修羅像の場合、興福寺のものではない阿修羅像は戦神として、手に剣や棒といった武器を持っていることがありますが、興福寺の阿修羅像は手ぶらです。
手ぶらの阿修羅もまた、戦を捨て、仏に帰依する心を表していると伝えられます。
阿修羅像には見方があるぅ??
ここまでで理解されたかと思いますが、この阿修羅像は「修羅界→人間界→天界」と反時計回りに見るようになっています。
一説に、このお顔の配置理由は仏教の「右繞(うにょう)の礼法」を中心に考えた配置だとも云われており、「正面の左側の顔から→正面右側の顔→正面の顔」と見るのが正しいとされています。
右繞(うにょう)とは?
「右繞」とは、インド仏教の礼法のことで、須弥壇や堂塔の周囲を反時計回り(右回り)に拝する礼法のことです。
これを3回繰り返す(3周する)ことを「右繞三匝(うにょうさんぞう)」と言います。ウんニョ〜..ぃヨぉ〜
拝観する順路もこれに倣っているお堂もあります。ンにぃヨぉ〜
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