鶯塚古墳【若草山の国史跡】埋葬者は誰❓幽霊が出る心霊スポット❓

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読み方

鶯塚古墳:「うぐいす づかこふん」

鶯塚古墳の大きさ

全長103メートル

前方

築造様式:2段築成

幅70メートル、高さ8メートル

後円

築造様式:3段築成

直径61メートル、高さ9メートル

‥以上のような巨大な前方後円墳。

このような古墳が若草山の中にあるということは、あまり知られていないかもしれないが、清少納言の『枕草子』にも次のように記される。

「みささぎはうぐひすのみささぎ、かしはぎのみささぎ、あめのみささぎ」

‥然るに当該、古墳はの歴史は相当、古いことが分かる。

鶯塚古墳から出土した遺物

当該古墳からは滑石製品(ケイ酸塩鉱物で作られたモノ)が出土しており、推定される時代は5世紀初頭とのこと。

円筒埴輪列・形象埴輪(家形・舟形・蓋形埴輪)が検出。

墳丘上では副葬品と見られる小型内行花文鏡・滑石製斧形石製品が出土。

後円部墳頂の石碑

後円部墳頂には、1733年(享保十八年/江戸中期)の石碑があり、次のような銘文が残る。

正面

「鶯塚」

裏面

「享保十八歳次癸丑九月艮辰東大寺大勧進上人康訓建 延喜式曰平城坂上墓 清少納言謂之鶯陵 并河永誌」

墳頂には「三角点」」もある

墳頂には国家所管の測量で用いられる「三角点」」の設置もある。

当地は三等三角点「三笠山」としての登録がある。

鶯塚古墳の被葬者(埋葬されている人物)は誰?

鶯塚古墳に誰が眠っているのかは未詳とされる。

鶯塚古墳に幽霊が出る?

いつ頃からか、鶯塚古墳の周辺に幽霊が出て、春先までに山焼きをすれば鎮まるが、これをしなければ祟る…

というような流言飛語が囁かれるようになり、誰かしらが春先に山に火を付けるようになったらしい。

誰かも分からない者が勝手に火を付けてしまうので、若草山が燃え、東大寺に火の手が迫ることも幾度もあったとか‥。

1738年(元文三年)12月、奈良奉行所から「若草山の放火禁止令」が出されたが、その後も放火が続いた……と記録がある。

このため、江戸時代末期の頃には、奈良奉行所、興福寺、東大寺などが、とりまとめて立ち会いのもとに若草山焼きが行われるようになったという。

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