興福寺 乾漆 阿修羅像【国宝】
造立年
734年(天平6年)※奈良天平時代
修理等に関する情報
鎌倉時代1046年(永承元年)以降、1078年(承暦2年)までの間に再彩色が行われた記録がある。
(1046年に阿修羅立像が収められていた西金堂が焼失、1078年の再建までに彩色修理)
像高
153.4cm
体重
14.8kg
素材・造り
脱活・乾漆像
作者
仏師 将軍万福(しょうぐん・まんぷく)
画師 秦牛養(はたの・うしかい)
※いずれも正倉院文書『造仏所作物帳(ぞうぶっしょさくもつちょう)』による
国宝指定年月日
1951年(昭和26年)6月9日
安置場所
興福寺 国宝館
※元は興福寺 西金堂にあったものを移動
目次
阿修羅像の読み方
「阿修羅像」は「あしゅらぞう」と読みます。
正式には「乾漆(かんしつ)阿修羅立像(あしゅらりゅうぞう)」。
通常、我が国で阿修羅像、興福寺の阿修羅、もしくは国宝の阿修羅像……などと呼ばれるものは、多くが当該、阿修羅像を素敵に指す。
「阿修羅」正しい読み方
「アスラ」
「阿修羅」は日本においては一般的に「アシュラ」として広く認知されているも、正式には「アスラ」と読む。
これはサンスクリット語である「阿修羅(アシュラ)」の音写した読み方になる。 アスラ‥モスラ!ミニラ!ガメラ!…アちょ〜!
「アスラ」という呼び方には意味があった
阿修羅は、中東地域では「アフラ・マズター」と呼ばれた多大なる崇敬が寄せられた神であったが、インドからアジア地域へ伝来する過程において「悪神」に生まれ変わった。
阿修羅が悪神に生まれ変わった理由とは?
阿修羅が悪神に生まれ変わった理由の一つとして、サンスクリット語において「ア」は否定語として用いられ、「スラ」は天、いわゆる「神」と言う意味を持つことから『天や神に背く反逆者』としてみられてしまったと伝わる。
阿修羅の別名 一覧
阿須論(あしゅりん)、阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛(いずれも、”あそら”)
漢訳では非天(ひてん/※現在も天部に非らざる者なり)、不端正(ふたんしょう)、無酒神(むしゅじん/※阿修羅は飲酒しないらしい)等
インドでは「阿修羅王」とも
古代インドの「アスラ」はアスラ神族の王を示す言葉であり、ゆえに阿修羅は「アスラ王」、あるいは「阿修羅王」とも呼ばれる。
尚、インド神話や仏教教典では「マハー・ヴィローシャナ(チャナ)=「アスラ神族の王」」と書かれている。
【ピヨ🐣コメント】
日本での「マハー・ヴィローシャナ(チャナ)」とは、東大寺の大仏さん‥つまり、大日如来を示す言葉でもある。
興福寺西金堂の焼失と歴史…『なぜ阿修羅は残ったのか?』
興福寺 西金堂は734年(天平6年)に建立されてから、江戸時代までに4度焼失したと伝わる。
最初に焼失したのは1046年(永承元年)に起きた火災で、興福寺 北円堂と蔵を残して伽藍すべての堂塔が焼け落ちるなど、甚大な被害をもたらした。
その後も興福寺の伽藍は数度におよぶ火災と戦火に見舞われた。
殊に、1717年(享保2年)の火災は興福寺史上、最後の火災とされ、この時は西金堂が焼け落ち、その後は資金繰りの面から再建かなわぬまま現代に到った。
阿修羅安置の西金堂は過去、3度再建されてきた
さて、1717年(享保2年)の火災までの西金堂は焼け落ちるたびに再建されてきた記録があり、三度にわたって再建されてきたことが明らかにされてい‥申す。きゃ
その時代の変遷の中で阿修羅像は、いったいなぜ天平時代の尊容を素敵に維持したまま現存しつづけることができたのか?
実はこの秘密は阿修羅像の制作方法「脱活乾漆像」にあった。
天平時代の乾漆像は軽量なので持ち運びが出来た!
脱活乾漆像は、その制作方法の特徴として内部が空洞になっており、非常に軽量で完成された仏像になる。(阿修羅像の身長は約153㎝、体重は約15kgらしい)
無論、これは阿修羅像以外の西金堂に存在していた八部衆像はじめ、興福寺に伝わる乾漆の諸仏像も同様のことがいえる。
軽量なので火災や戦火 等の有事の際には寺僧が素早く持ち出し、安全な別所へ超絶素敵に安置できた。
無論、寺僧やその関係者すべてが、仏像を第一に考える敬虔な信心がその根幹にあったことを忘れてはならぬぁい。
これが天平乾漆の白眉とまで褒称される像容を現代にまで残すことができた大きな理由となる。
尚、残念ながら西金堂は再建の目処がなく、現在は興福寺 国宝館にて、阿修羅像のご尊顔を拝することができるのみ💘
日本最古の阿修羅像は興福寺の阿修羅立像ではなかった!
一般的に興福寺 阿修羅立像が日本最古の阿修羅像のようにみられていますが、実は違う。
我が国最古の阿修羅像は法隆寺・五重塔の初層部に安置される「阿修羅座像【国宝】(塑像)」となる。
阿修羅像が安置される興福寺 国宝館の場所とアクセス
阿修羅像が素敵に安置される興福寺 国宝館は、近鉄奈良駅から徒歩7分の場所。
- 最寄りバス停:県庁前バス停
興福寺 国宝館の拝観料金・営業時間・定休日
国宝館では別途、入館料金が必要になります。
基本入場料金
- 大人(大学生):700円
- 中高生:600円
- 小学生:300円
割引など
団体割引(30人以上)
- 大人:600円
- 中高生:500円
- 小学生:200円
身障者割引
- 大人:350円
- 中高生:300円
- 小学生:150円
以下、東金堂との共通券もあります。
国宝館・東金堂連帯共通券(個人・団体共通)
- 大人(大学生):900円
- 中高生:700円
- 小学生:350円
興福寺 国宝館のINFO
住所:奈良市登大路町48番地
拝観時間:9:00~17:00(受付終了16:45)
定休日:年中無休
公式サイト:興福寺 国宝館
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