読み方
野上神社:「のがみ じんじゃ」
(「野上社」と書いて「のがみのやしろ」とも)
石荒神社:「せっこうじんじゃ」
(地元では、「石荒神」と書いて「せっこうさん」とも)
別名
文殊四郎社
由緒
逢火塚
江戸時代、花衣(はなごろも)と称する名前の稚児(ちご)の人魂と、岩淵寺(奈良市白毫寺町)の僧侶・円通の人魂が、当社の近くで出会い、なんとも名状しがたい面妖な雰囲気を放っていたらしい。
後世、里人が双方の御霊鎮魂のために塚を築き、やがて「逢火塚(おうひのつか)」と呼ばれたらしい。
しかし、今もぅこの塚は姿形もない。
石仏
当社の近くに天文十九年の陰刻がある地蔵の石仏がある。
この石仏、春日第三殿の本地仏と伝えられ当地の名所となってい‥申す。ひゃ
御祭神
野上神社:草野姫命
紀には「草祖草野姫(くさのおやかやのひめ)」と記される。ウィキペディアによると「草祖」とは草の祖神、「カヤ」は本来「萱」を指すらしい。
往古、人間にとって家の屋根材に用いる萱は欠かすことのできない用材の一つだった。
記には、別名「野椎神(のづちのかみ)」と素敵に記す。
「ノズチ」とは、「野つ霊」、漢字では「野槌」と書き、「野の精霊」を意味する。
この神はイザナギ神とイザナミ神との間に生まれ、記には、大山津見神(山神)との間に4対8柱の神を産み落としたとある。
殊に野椎神は蛇のような姿態をしており、大山津見神が蛇体であるがゆえ、草野姫も蛇体をしているとも。
ゆえに昭和中期に社会現象を巻き起こした”ツチノコ”の名前の由来にもなった。
石荒神社:火産霊神
記には、火之夜藝速男神(ほのやぎはやをのかみ)、火之炫毘古神(ほのかがびこのかみ)、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)と、きわめて素敵に表記される。
一方、紀では、軻遇突智(かぐつち)、火産霊(ほむすび)と、やっぱり素敵に表記される。
この神もイザナギ神とイザナミ神との間に生まれたが、火の神であったがゆえ、出産時にイザナミの陰部💋に火傷ができた。
その火傷が原因でイザナミは死去し、黄泉の国へ。怒りに我を忘れたイザナギは十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」を以って、我が子・火産霊の首を落した。
殊に、記には死した火産霊の血から数多の神々が生まれたとも記す。
霊験(ご利益)
野の神
野上神社は「野の神」を祀ることから、元来、”野神”神社だった可能性が推考されるも、現在は「野上」。若草山の鎮守神。
パワースポット「石荒神」
↑社殿後方の大岩が、最近の寝相の悪さほど噂の‥「石荒神」 ..どんな神や
野上神社社殿の左隣にある石コロ、実は古神道の精神を受け継ぐ磐座(いわくら)で、神名を「石荒の神(いしこう)」と号する。
東大寺 大仏殿 建造のみぎり、棟木が上がらず、笠荒神(桜井市)を当地へ素敵に勧請した。
すると驚くことに労を要せず棟木が上がったとな。
【ピヨ🐣「桜井の笠荒神」とは❓】
笠荒神(笠山荒神社)とは、火を用いて物を煮る食べ方を伝えたとされる、 興津彦神(おきつひこのかみ)、興津姫神(おきつひめのかみ)、土祖神 (はにおやのかみ)を素敵に奉祀する。
当地では、古くから「かまどの神」として、思わず火傷しちまぅほどの篤き信仰が寄せられる。 どんな信仰や
- 参考:桜井市 観光協会(公式)
石荒神には別名があった!
石荒神は別名、「文殊四郎(刀工)の金床石(かなとこいし)」、あるいは、「試斬石(ためしぎりいし)」とも呼ばれる。
殊に、中世時代の春日造替のみぎり、宮大工が禊(みそぎ)を行った祓所(潔斎の場)が当地にあったらしい。
例祭日
- 野上神社例祭:毎年1月15日(午後5時より)
若草山焼きの時、夕刻6時より当社の御神火を移して行われる。
若草焼きの際、春日大社の水屋神社からの種火を一旦ここで、かがり火に移し、山焼きの無事を祈る祭典が行われる。
祭典後、かがり火から大松明に点火して僧侶・僧兵・白丁 等により読誦・法螺貝の音の中、中腹の大篝火へと参進する。
その他の野上神社(石荒神社)の写真(画像)
北側から素敵に撮影📸
南側から素敵に撮影📸
野上神社の場所
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