【興福寺の阿修羅像はなぜ作られた?】作者が像に込めた痛切な思いとは❓

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阿修羅像は光明皇后が母親の冥福を祈り作成した群像のうちの一つ

降伏中……ではなく、興福寺!の阿修羅像の発願者は光明皇后と言われる。

光明皇后は聖武天皇の妻ですが、天皇の妻であるという立場以上に、当時、天皇以上の権力者であった藤原不比等(ふじわらのふひと)と県犬養三千代(あがたのいぬかいのみちよ/または橘三千代)の娘として、天平時代の一大仏教文化を支えた人物です。

ちなみに藤原不比等は、藤原鎌足の次男にあたる。

妻の橘三千代という女性は、天武天皇の時代から、のちの元明天皇となる阿閉皇女(あへのひめみこ)に仕えたと考えられており、この功績から藤原不比等ー橘三千代は天皇家から非常な信頼を受けます。

また他にも、藤原不比等の娘であった宮子が文武天皇の妻となり、藤原姓を名乗る権利が藤原不比等の子孫にのみ与えられるようになります。

この、藤原不比等の娘が光明子、後の光明皇后です。

このような背景があり、光明皇后は絶大な背後権力をもって、夫である聖武天皇の政権を支えました。

仏法への帰依も夫に劣らずあつかったようです。

光明皇后の母である橘三千代が733年(天平5年)に亡くなり、光明皇后は母の菩提を弔うために、興福寺に西金堂を建立し、その内部に御本尊として釈迦如来像、近侍として八部衆、十大弟子像等、数多くの仏像を造らせ、祀りました。

このうちの一つが阿修羅立像です。

阿修羅像が造られた本当の理由は「懺悔のためだった」?!

阿修羅立像に関しては、もちろんその像容も見どころですが、仏像としての存在背景がさらに見る時の感動を高めてくれるでしょう。

さきほど触れたとおり、阿修羅立像は光明皇后が母親の冥福を祈って造らせた仏像です。

その憂いを含んだ表情には、天平時代の流行とも言える仏教信仰の考え方の1つが宿っています。

光明皇后の時代702年に、道慈(どうじ)という僧が唐に渡り、718年(養老2年)の帰国時に、『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』を持ち帰っています。

『金光明最勝王経』は現在奈良国立博物館に所蔵される国宝で、この経典を元に聖武天皇により、全国に国分寺が建設されたほど、日本に影響を与えた経典でした。

『金光明最勝王経』の基本は、自分自身の罪を懺悔し、諸仏を信仰して身を清めることで、諸仏のご加護をいただいて国を平穏に治めることができる……という治政のための理念です。

しかし一方で、これを基にして「懺悔→救済」という1つの思想の流れが確定したとも言えます。

光明皇后は、母親の菩提を弔うにあたって、当時いわば流行していた『金光明最勝王経』の理念に従い、懺悔によって母の霊を安らがせようと、阿修羅立像をはじめとした興福寺西金堂の諸仏を作らせたと考えられています。

したがって、本来は戦神であるはずの阿修羅ですが、興福寺の阿修羅には戦う意志がなく、むしろ内省によって日頃の自分の罪を懺悔し、精神性を高める、静寂を感じさせる顔つきをしていらっしゃるのです。

阿修羅立像をご覧になる時、こうした時代の背景にも思いを馳せつつ、日頃の罪をじっくりと内省してみると良いかもしれません。いやん照れる

阿修羅像の作者は誰?

正倉院文書『造仏所作物帳(ぞうぶっしょさくもつちょう)』によると、阿修羅像の作者は仏師の「将軍万福(しょうぐん・まんぷく)」と、画師の「秦牛養(はたの・うしかい)」と伝わる。

阿修羅像が青年姿で造られた本当の理由

↑復元修羅像の写真(画像)は興福寺で買ったクリアファイルより素敵に引用♡

天平時代の仏像に多く言われる特徴は、「写実的」であるということです。(これに対して、天平時代よりも前の仏像は、研究史上は「形式的」であると表現されることが多い)

天平仏には、東大寺三月堂の日光・月光菩薩立像に代表されるように、フックラとした顔立ち、肉感的な体つきに威厳のある雰囲気、といった像容のものが多いのです。

 東大寺三月堂の日光・月光菩薩立像に関しては、 東大寺・「伝・日光菩薩立像」・「伝・月光菩薩立像」【国宝】にて詳しく解説していますので、あわせてご覧下さい!

興福寺の阿修羅像、およびその周囲を固める八部衆像は、天平時代の仏像の中でも群を抜いて、写実性よりも精神性が重んじられていると言われています。

阿修羅像が「少年の像」であると言われるのは、成熟していないように見える痩せた体躯に細い手がその穢れの無さを表現しているためです。

通常、考えれば戦の神であるはずの阿修羅がこのように筋力なさそうな体躯をしているはずはありません。

写実的に作ろうとするならば、阿修羅像はこのような体躯にはならなかったでしょう。

阿修羅像において重んじられたのは無垢さ、純粋さ、日常に積み重ねる罪をいかに懺悔し、仏への帰依の心をいかに表すかということなのです。

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