【春日若宮おん祭】12月17日~18日「お渡り式・大名行列・松の下式・御旅所祭」の見どころ・スケジュールと詳しい内容など

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【春日若宮おん祭】12月17日~18日「お渡り式・大名行列・松の下式・御旅所祭」の見どころ・スケジュールと詳しい内容など

この記事では、12月17日に行われる「春日若宮おん祭」の中心神事と、翌18日の奉納相撲、後宴能等について、詳しいスケジュールと内容、豆知識をまとめてお届けします。

春日若宮おん祭は、最も早くて7月に神事が始まる、奈良市街をあげての大規模なお祭りです。大名行列等の移動範囲も広く、各所でイベントが行われるので、見どころを抑えて質の濃い春日若宮おん祭を楽しんでくださいね。

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 春日若宮おん祭全体のスケジュール 「春日大社「春日若宮おん祭」の「日程・時間・スケジュール・混雑状況 (人出)や混雑回避・桟敷席の概要」など」

 神事開始7月1日~中心神事前日12月16日のスケジュール・神事内容 「【春日若宮おん祭】7月1日~中心神事前日12月16日「流鏑馬定・縄棟祭・大宿所詣・宵宮詣」などの見どころ・スケジュールと詳しい内容など」

 春日若宮おん祭の歴史と由来について 「【春日若宮おん祭とは】歴史と由来・春日若宮御祭礼絵巻物って何?」

12月17日の神事スケジュール&内容

 12月17日0:00 遷幸の儀(せんこうのぎ)

遷幸の儀は、若宮神社の本殿からお旅所まで、神様(若宮様)をお遷(うつ)しする儀式です。

0時過ぎに、

「拝殿の御格子(みこうし)上げられい」

とかけ声がかけられ、若宮本殿の御格子がドンドンと音を立てます。

神様を遷す儀式は一般的に「御動座(ごどうざ)」と呼ばれます。

いわゆる「御神輿(おみこし)」に乗せて神様を動かすものは、全て御動座なのですが、春日若宮おん祭の御動座は日本で最も古い、神道の御動座の形式を頑ななまでに守ります。

そのため、貴い神様をカメラに収めるなど言語道断~! っというわけで、遷幸の儀は厳重に撮影禁止となっています。

それどころか、御神輿は榊を持った巫たちが幾重にも固め、御神輿が人目に触れないように榊で小山のように隠してしまいます。

道行きにはたいまつが灯されますが、神様をたいまつで照らすのは恐れ多いため、これもNGです。ご神体から離れた前方に、たいまつがありますが、通常のたいまつのように上に掲げるのではなく、地面にこすりつけるように、下に向けて持たれます。

たいまつから火の粉が地面に落ち、炎の道のようなRPGのイベント並の光景が作られます。この炎は、神様を照らさないように地面を明るくするほか、炎の持つ浄化の力によって神様のお通りになる場を清めるという意味も持っています。

足元だけが明るいその道を、神様を上に掲げた一行が通り抜けていきます。

また、神人によって、「オーオー」と警蹕(けいひつ)の声が鳴り響き、その他の私語は一切厳禁となります。随行する楽人が、道楽(みちがく。歩きながら演奏する雅楽の形式の1つ)の「慶雲楽」(きょううんらく。曲名)を演奏します。

慶雲楽は、雅楽の中でも、鬼、邪気、物の怪を祓うための神聖な曲です。

炎と、聖なる音によって現世から切り離された神世を、神様がお渡りになってゆきます。

このような、神様を厳重に、人目に触れないよう、照らすことのないようお守りする御動座は、伊勢神宮でも古代から平安期まで行われていたと伝えられています。

繰り返しますが、遷幸の儀は撮影禁止。私語厳禁。時間帯も含めて小さなお子さんには全くおすすめできません。また寒いですのでくれぐれも、防寒具をお忘れなきよう、荘厳なお気持ちでお参りください。

※警蹕の声とは、神様や天皇などの貴人がお通りになる時、先払いを行って、神や貴人に対して失礼がないように注意を喚起するために出される「オー」または「ヲー」という声のことです。「けいひつ」「けいひち」「みさき」とも読みます。この声が聞こえたら、神様がキタゾー! という合図になるわけです。

12月17日1:00~2:00 暁祭(あかつきさい)

遷幸の儀によってご移動が行われる距離は、お旅所までの1kmほどです。

神様がお旅所(行宮・あんぐう)に到着した後、神前に海の幸、山の幸を献上し、古式に則って旧祢宜大宮家により、「素合の御供(すごのごく)」と呼ばれる神様のお食事が奉られます。神様にとってはご朝食となります。

さらに、宮司が祝詞をあげ、巫女の社伝神楽が奉納されます。

12月17日9:00 本殿祭(ほんでんさい)

若宮神社のご本殿には、この時、神様はいらっしゃいません。

そこで、「御留守事(おるすごと)」と呼ばれる神事が若宮本殿にて行われます。これが本殿祭です。

本殿祭の目的は、春日若宮おん祭が無事、滞りなく行われるのをお祈りすることで、相嘗祭(あいなめさい。収穫を祝うお祭り)に相当するものです。

 12月17日12:00 お渡り式(おわたりしき)

お渡り式は、春日若宮おん祭の最も代表的な見どころの1つで、「大名行列」と呼ばれるものはこのお渡り式です。正確には、お渡り式では春日若宮おん祭の神事、芸能に従事する人などが歩き、最後の見どころとして大名行列が歩きます。

お渡り式=神様のもとへ芸能集団などがお参りする式のこと

一般的なお祭りで、お渡りといえば、神様が行宮へお渡りする、あるいは行宮から本宮へお戻りになるシーンを言いますが、春日若宮おん祭では、そうではありません。

神様のお渡りは、遷幸の儀によって既に行われていますので、お渡り式では、既に行宮におられる神様のもとへ、祭礼を行う人たちがお伺いします。お渡り式の大名行列は神様の行列ではないのです。

お渡り式のルート

お渡り式の大名行列は、正午に奈良県庁前を出発します。その後のルートは、

奈良県庁前~近鉄奈良駅~三条通~お旅所

です。この途中、「南大門交名の儀(なんだいもんきょうみょうのぎ)」「松の下式(まつのしたしき)」などが行われ、最終的にはお旅所までたどり着く形となります。

お渡り式のルートはこちら (春日大社ホームページ)から印刷することができます。

お渡り式をどこで見る?

お渡り式は、上記のルートのうち、どこで見ても見られるものです。

奈良県庁前、近鉄奈良駅前エリア、三条通や、興福寺南大門、松の下式が行われる影向の松(ようごうのまつ)の付近は特に混雑しますが、行列が通り過ぎるのを見るだけならこれらの混雑ポイントを回避して、行列が通り過ぎる予定のルート上で待機するのが効率良いかもしれません。

お渡り式で通り過ぎる12の「春日若宮おん祭」構成員

お渡り式では、春日若宮おん祭を執り行うための、12組の構成員が、ルート上を練り歩きます。

第一番 日使(ひのつかい)
第二番 神子(みこ)
第三番 細男・相撲(せいのお・すもう)
第四番 猿楽(さるがく)
第五番 田楽(でんがく)
第六番 馬長児(ばちょうのちご)
第七番 競馬(けいば)
第八番 流鏑馬(やぶさめ)
第九番 将馬(いさせうま)
第十番 野太刀(のだち)他
第十一番 大和士(やまとざむらい)
第十二番 大名行列(だいみょうぎょうれつ)
第一番  日使(ひのつかい)

もとは関白藤原忠通が、祭礼中に急に、おなかイタタ……と言ったかどうかは知りませんが何らかの病気になってしまい、その日はお供についていた楽人がお使いを務めたというエピソードに端を発するお役目です。

上の写真で、鶴の飾りがついた傘をさしかけられた黒衣の人が日使です。関白のお使いとして行列を牽引する重要な役目を担っています。

日使には、先立として馬に乗った4人の「十列児(とうつらのちご)」や、随行として陪従(べいじゅう)という2人の楽人(上写真参照)が付き従います。

第二番 神子(みこ)

神子は、巫女と同じく、女性(拝殿八乙女)が務めます。

元々は、春日社の社家が存在していた辰市村とその周辺の神領から選ばれていたお役目で、平成15年からは奈良県の辰市村(たついちむら)から神子が選ばれる「辰市神子」が復興しました。

これに続いて、「郷神子(ごうのみこ)」「八嶋神子(やしまのみこ)」「奈良神子(ならのみこ)」という3種類の神子が参勤することになっています。

第三番 細男・相撲(せいのお・すもう)

細男は、白い浄衣(じょうえ)に白い覆面が特徴的な、6名の騎馬隊です。

行列の後には、神前で細男の舞と呼ばれる、生死と復活を祈る弔いの舞を披露します。

続いて、奉納相撲を行う力士や行司が続きます。


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第四番 猿楽(さるがく)

芸能のうち、猿楽を披露する一団です。

第五番 田楽(でんがく)

宵宮詣でも登場した田楽を演じる一座です。

花笠を頭に乗せているのは、笛役の二藹(ろう)で、この花笠に飾られた人形は、奈良一刀彫りの起源とも言われています。

第六番 馬長児(ばちょうのちご)

元々は興福寺の学侶(研究職の僧)が稚児を順番に推薦する方式でしたが、現在は12月上旬に「馬長児僧位僧官授与式(ばちょうのちごのおくらいうけ)」で役職とお祓いを受けた子どもが任命されます。

馬長児の傘には山鳥の尾が立ち、また背中には牡丹の造り花を背負っているのが特徴的です。

この後に、七夕の笹のようなものを持った「一つ物(ひとつもの)」と呼ばれる従者が2人、従います。正確には七夕の笹ではなく、「恋笹(こいざさ)」といって神様への捧げ物の1つですが、これは笹竹に五色の短冊が付けられたものです。

従者の頭には龍の飾りがあり、腰には一本足の下駄を下げています。恋笹を含め、これらはいずれも、天に雨を祈る雨乞いのアイテムです。

そもそも春日若宮おん祭は、日照り、水害、飢饉といった世間のピンチを救ってくださるよう神仏に祈ったものです。それはすなわち、順調な雨を祈るものでもあります。

第七番 競馬(けいば)

13:00頃~競馬で舞踊の順番を決めるメンバーです。

第八番 流鏑馬(やぶさめ)

14:30頃~稚児流鏑馬(ちごやぶさめ)を行う稚児で、揚児(あげのちご)と射手児(いてのちご)合計3名が通ります。

第九番 将馬(いさせうま)

人の乗らない馬が、将馬です。

古来、神様への捧げ物として馬を献上する風習が残されていますが、将馬もこの名残であると考えられます。

春日若宮おん祭の将馬は、過去に大和の大名家中が神前に馬を献上した名残と考えられています。

第十番 野太刀(のだち)他

写真を見てもかなり大きなことがわかりますが、この野太刀は5.5mほどもあります。

野太刀の後には、中太刀、小太刀、薙刀(なぎなた)、数槍(かずやり)といった壮麗な武器の行列が続きます。

ちなみに写真は2017年のものですが、奈良の航空自衛隊基地にある、幹部候補生学校の生徒の方が太刀持ちを務めました。

第十一番 大和士(やまとざむらい)

春日若宮おん祭は当初、興福寺が運営を担っていましたが、時代の変遷、武士の台頭に伴って、大和士が主催する形へと変化していきました。

6党(長谷川党、長川党、戌亥脇党、南党、散在党、平田党)あった大和士は、豊臣秀吉が覇権を握るまで、交代でおん祭を運営してきましたが、豊臣秀吉の台頭によって権力を失います。

しかし明治維新に至るまで、おん祭の運営は引き続き、それまで運営を行っていた大和士6党のうちの一党「長谷川党」が願主人として担いました。

明治維新の後は、春日大社の旧神領に住まう人々が引き続き大和士のお役目を担っています。

第十二番 大名行列

江戸時代から、春日若宮おん祭の行列に加わった、武家伝統の行列です。過去には大和の郡山藩、高取藩などがこれを担いました。

明治維新以降は衰退しましたが、1979年(昭和54年)に、大名行列保存会が結成されたことにより復活しました。

12月17日12:50 南大門交名の儀(なんだいもんきょうみょうのぎ)

12:00に出発したお渡り式は、12:50頃に興福寺南大門跡にいたり、「南大門交名の儀」が執り行われます。

南大門交名の儀では、競馬、馬長児(ばちょうのちご)、大和士(やまとざむらい)などが、役職名の名乗りを上げます。

これは興福寺に対して敬意を表するとともに、お渡り式に不備がないかを確認する意味合いもあり、名乗り上げや作法を間違えただけで最初からやり直しになったという逸話もあるほどの重大事項とされています。

 12月17日13:00 松の下式(まつのしたしき)

春日大社の一の鳥居にある「影向の松(ようごうのまつ)」の下で、日使の陪従(べいじゅう)・細男(せいのお)・猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)の一座がそれぞれ、決められた舞を披露します。

陪従 音出し(こわだし。短い1曲)
細男 袖の拝
猿楽 「開ロ(かいこう)」
「弓矢立合(たちあい)」
「三笠風流」
田楽 「中門ロ」
「刀玉(かたなだま)」
「高足」

これらは一例ですが、定められた舞曲を演じ終えなければお旅所には入れないキマリになっています。

そして、これらはいずれも、五穀豊穣を祈る、あるいは天下泰平を祈る、祝ぎの舞であることも、忘れることはできないポイントといえます。

12月17日13:00 競馬

競馬は、一の鳥居にある馬出橋から、お旅所前の勝負榊までを、二騎の馬で三番勝負を競うものです。距離は150mほどしかありません。

どちらの馬が勝ったかによって、その後に行われる舞楽の順番が決まります。

左側の馬が勝てば、左舞、つまり蘭陵王の舞から。

右側の馬が勝てば、右舞、納曽利の舞から、舞楽が行われます。

12月17日14:30 稚児流鏑馬(ちごやぶさめ)

揚児(あげのちご)と射手児(いてのちご)が3名で、順に3つの的を射ていきます。

場所は一の鳥居の付近に一の的があり、そこから3つめの的まで、的の前で停止しながら矢を射ます。

12月17日14:30 お旅所祭(おたびしょさい)

すべて行列が終わると、お旅所でお旅所祭が行われます。

まずは神職によって、神様に神饌(しんせん。お食事)が捧げられます。珍しいのは「染御供(そめごく)」で、これは米を紅白、青、黄色に染めて飾りつけた神饌です。

続いて、祝詞、拝礼などが粛々と行われます。

 お旅所祭の芸能奉納は見どころ!(~22:30)

お旅所祭では、祝詞奏上、拝礼が終了した後、延々と22:30まで芸能の奉納が続きます。

これは、過去には午前1時の暁祭から延々と神楽や舞踊が行われていた時代もあり、今は長時間のように思えてもまだ短くなったというのが現実。

15:30頃から神楽、東遊(あずまあそび)・田楽(でんがく)・細男(せいのお)・猿楽(さるがく)・舞楽(ぶがく)・和舞(やまとまい)などが続きます。

さきほどの競馬の勝負によって順番が変わる、蘭陵王と納曽利の舞もここで舞われます。

12月17日23:00 還幸の儀(かんこうのぎ)

神様の遷宮が日付をまたぐのは禁忌とされているため、芸能奉納は22:30までにすべて終了し、23:00にはお旅所を出発する段となります。

これが還幸の儀です。

朝一番の遷幸の儀(せんこうのぎ)と同様、写真撮影や私語は厳禁。そして、0:00になる前に必ず若宮神社へ戻らねばならないという使命のもと、神様に明かりが当たらぬよう細心の注意を払い、道をたいまつで清めて、神様は本殿へお戻りになられます。

このとき、奏でられる音楽は「還城楽(けんじょうらく)」です。

12月18日の神事スケジュール&内容

12月18日に関しては、大きな神事はなく、以下の2つの祭が行われます。

12月18日13:00 奉納相撲(ほうのうずもう)

お旅所の南側で行われる相撲です。

過去には、17日に行われていたこともあったようですが、現在は18日です。また中世には既に儀式化され、真剣勝負というわけではありません。

12月18日14:00 後宴能(ごえんののう)

お旅所の芝舞台で、能と狂言が披露され、春日若宮おん祭のお開きとなります。

この能の目的は、主に春日若宮おん祭で頑張った人たちのねぎらいです。演目はその年によって違います。

2017年には、能の「羽衣」「車僧」、狂言は「棒縛(ぼうしばり)」が演じられました。

春日若宮おん祭を楽しむには全体のスケジュール把握が肝心!

春日若宮おん祭は、奈良をあげてのお祭りですので、大変多くの人が集まり、いろいろな場所でいろいろなことが行われます。

中心神事より前のスケジュールも以下で解説しておりますので、ぜひご覧いただき、密度の濃い観光を楽しんでくださいね。

 春日若宮おん祭に関してはこちらの記事もどうぞ。

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